THE BEGINNING|2015年〜2020年3月
WATARU'S JOURNEYは、世界でプロサッカー選手になることを目指す「わたる」の歩みを、写真・動画・活動記録とともに振り返るシリーズです。
第1回では、サッカーを習い始める前の幼少期から、初めてのサッカースクール、そして小学校入学直前までの成長を紹介します。
この時期の記録から見えてくるのは、日常のボール遊びから始まり、少しずつサッカーに取り組む環境が広がっていった過程です。
幼少期の成長タイムライン
| 年代 | 年齢・学年 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 2015年 | 1歳 | 父親が参加するフットサルコートで過ごす |
| 2016年 | 2歳 | ボールを使った遊びを楽しむ |
| 2018年 | 年中 | サッカースクールに通い始める |
| 2019年5月頃 | 年長 | リフティングの練習を始める |
| 2019年12月 | 年長 | リフティング10回を達成(父との約束をクリア) |
| 2020年1月 | 年長 | リフティング100回を達成 |
| 2020年3月 | 年長 | リフティング200回を達成 |
この期間に残っている写真と動画を交えながら、各時期の活動を詳しく紹介します。
初めて触れたフットサルの環境
わたるが1歳になった頃、父親は自宅近くのフットサルコートで、個人参加型フットサル(個サル)に参加していました。
わたるも一緒にコートを訪れ、父親の休憩時間にはグラウンドの上で過ごしていました。当時は少しずつ歩けるようになっていた時期でしたが、グラウンドではまだハイハイをしていました。
サッカーの練習をしていたわけではなく、父親のフットサル活動に同伴していた頃の記録です。

このフットサルコートは、その後、わたるがサッカーを始める環境ともつながっていきます。
ボールが身近にあった日常
2歳になると、ボールを使って遊ぶ機会が増えていきました。当時の様子で特に印象的だったのは、ボールを使って本当に楽しそうに遊んでいたことです。
この時期は、技術の習得を目的とした練習ではなく、自由にボールに触れていた段階でした。

サッカースクールに通うようになるのは、この約2年後。まずはボールに親しむ日常があり、そこからサッカーを学ぶ環境へと進んでいきます。
サッカースクールでの活動開始
2018年度、年中になったわたるは、サッカースクールに通い始めました。スクールは、以前から父親自身もフットサルで利用していた場所でした。
そこで指導を担当してくれたのが、父親と親交のあったスタッフのスギーニョです。わたるにとって、継続的にサッカーを教わる最初の指導者の一人となりました。
それまでの自由なボール遊びから、スクールという場で、決まった時間にコーチの指導を受けながらボールに触れる環境へ。サッカーを「習う」ことが始まった時期です。

スクールでの練習を終え、グラウンドから戻ってくる姿も写真に残っています。

この時期には、写真のほかに、スクールでの活動を撮影した映像も残っています。
VIDEO 01父親にボールを蹴り返す
撮影時期:2018年・年中
父親とのボールのやり取りを収めた映像です。わたるが父親に向かってボールを蹴り返す様子を見ることができます。
当時のボールの扱い方や、親子でサッカーに触れていた様子を確認できる映像記録です。
VIDEO 02ドリブル散歩
撮影時期:2018年・年中
サッカースクールで取り組んでいた「ドリブル散歩」の映像です。コート上で、ほかの子どもたちとともにボールを足元で扱いながら進む様子が記録されています。
赤いコーンが置かれたコートで、一人ひとりがボールを持って活動している様子も確認できます。
VIDEO 03ドリブルからのシュート
撮影時期:2018年・年中
ドリブルでボールを運び、そのままシュートまで持ち込む場面を収めた映像です。
ボールを足元で運ぶ段階から、ゴールに向かってシュートを打つところまで、一連のプレーとして残っている記録です。
これらの映像は、現在のプレーを評価するためのものではありません。サッカーを学び始めた年中当時に、どのような環境で、どのようにボールに触れていたのかを知ることのできる資料として掲載しています。
COACH最初の指導者・スギーニョとのつながり
年中のとき、スギーニョが別の店舗へ移ることになりました。下の写真は、それをきっかけに一緒に撮った一枚です。

一度は離れることになりましたが、その別れとは裏腹に、スギーニョとの付き合いはその後も細く長く続いています。頻繁に会う関係ではありませんが、幼少期の出会いから長い年月を経ても、つながりが続いている指導者の一人です。
スギーニョは南部会のメンバーです。南部会の活動は、YouTubeのnambukai channelで見ることができます。
わたるはその後も、さまざまなスクールやチームで多くのコーチと出会います。活動する環境が変わっても、当時の指導者との関係が続いたり、時間を経て再びつながったりすることがあります。
指導者との出会いも、わたるの成長の歴史を振り返るうえで欠かせない要素です。
今後の連載では、各年代の活動だけでなく、そこで出会った指導者や、その後の関わりについても紹介していきます。
リフティングの成長記録
年長になった2019年の5月頃から、リフティングの練習を始めました。
練習を始めた頃の映像として、ワンバンリフティングの様子が残っています。ボールを一度地面に弾ませてから蹴り上げる練習で、リフティングに取り組み始めた段階の記録です。
VIDEO 04ワンバンリフティング
撮影時期:2019年5月頃・年長
この練習を続けるなかで、2019年度の後半からリフティングの記録が伸び始めます。当時の到達記録は次のとおりです。
LIFTING RECORDリフティングの到達記録
- 2019.12
- 10回
- 2020.01
- 100回
- 2020.03
- 200回
2019年12月に10回を達成してから、翌年1月には100回、3月には200回に到達しました。
PROMISE10回達成と、自転車の約束
リフティングの練習を始めた頃、わたるは父親と「リフティングが10回できたら自転車を買う」という約束をしていました。
そして2019年12月、10回を達成して約束をクリア。約束どおり自転車を買ったときには、とても喜んでいました。

目標を決めて練習し、達成するという経験は、この後の100回、200回へとつながっていきます。
リフティングの記録は、サッカー選手としての総合的な能力を示すものではありません。しかし、同じ課題に継続して取り組んだ結果を、回数という形で確認できる記録です。この時期には、数か月の間に到達回数が大きく変化しました。
年長での200回達成は、小学校入学前の一つの節目となりました。
なお、10回・100回・200回を達成した時の映像は残っていないため、ここでは当時の回数記録を掲載しています。
この後もリフティングの記録は更新されていきますが、その歩みについては今後の連載で紹介します。
幼少期の記録から、次のステージへ
2015年から2020年3月までの記録を振り返ると、わたるがサッカーに関わる環境は少しずつ変化していました。
最初は、父親がフットサルをしているコートで過ごしていた幼少期。その後、ボール遊びを経て、年中からサッカースクールへ。年長では、リフティングの到達記録も残るようになりました。そして、この時期に生まれたスギーニョとのつながりは、その後も続いていきます。
ここまでが、小学校入学前のわたるの主な活動記録です。次の段階では、少年団への練習参加、コロナ禍での自宅練習、複数のサッカースクールでの経験を通じて、活動する環境がさらに広がっていきます。
WATARU'S JOURNEYでは、こうした環境の変化、技術の成長、指導者との出会いを、年代ごとの記録として蓄積していきます。
少年団での軌跡|コロナ禍の自主練習から、新たな環境への選択まで
第2回では、年長で少年団の練習に参加し始めた頃から、小学2年生の終わりに退団するまでの活動を紹介します。
主な内容は、少年団での経験、コロナ禍での自宅練習、ネイマールへの憧れ、ソルプレッサとRWSドリブル塾での活動、そして環境を変えることになった経緯です。